筥崎曲物について
筥崎曲物は福岡市馬出に於て制作されるものである。

馬出(まいだし)は昔箱崎の一部であって、宇佐石清水両宮と共に日本三八幡の一(ひとつ)として有名 な筥崎八幡宮の社領内に属していた関係の地で、筥崎八幡宮の旧記や古老の言によると、曲物は 應神天皇御降誕の際、御胞衣を納め奉る筥を調製を以てその起源とする、と伝えられている。 馬出には昔から同宮の祠官が多数住していて、社領に奉仕する傍ら同宮の祭典の器具を調達して 来たものであるが、後ち曲物製造を生業とするに至ったものである。
貝原益軒の筑前國続風土にも、この馬出の曲物(捲:まげもの)のことを土産考の部に載せている。 明治初年、時世の進展と共に曲物組合が組織せられて、年々その改善が加えられ特筆すべきことは、 筥崎八幡宮に御参拝の皇族方及び参向の勅使等に、曲物を用器として松葉飴を献上差上げることを 恒例としている。 目下、汽車辨当容器や料亭又は一般民間に使用される子供のお膳すわりの儀式に使用する御膳、 柄杓、コシキ、飯櫃、火鉢、烟草盆、三宝、折疊、折筥、或いは茶道具として茶人に親しまれる建水、 花瓶、菓子器、水指等も注文に應じて特製されている。
昭和三十四年菖蒲節句之日
旧筥崎八幡宮別當百九世頼定謹書